Home > 周年

周年 Archive

23周年

 もう23年前とはすっかり生活も変わったし、可能性もどんどんと失ってきた。「普通」のレベルを満たすことの大切さも身に染みて理解している。「普通」が何なのかは未だによくわからないけど、自分が「普通」にすらなれずこの先もなれる見込みが非常に薄いことはわかってきた。

 何年か前は、もうここで書きたいことは一通り書ききった、と思っていたけど、ここ何年かはまだまだ書きたいこと言語化したいことが湧き出ているなと思っている。気力体力が無いのでなかなかできないけど。

 みじめったらしく野垂れ死ぬ可能性に怯えて生きる社会は健全ではない。本当にそう思う。まあでも楽観的に考えて生きれば楽観的な状態の方向に引っ張られるらしいですよ?

22周年

 ファミレスで平日午後にビールが安くなる時間帯があり、そこでサラダを食べビールを飲みつつ本を読んでいた。

 「人間」や「社会」というのは何故斯様に複雑怪奇なのか、ということを昔から考えていた。そしてその疑問はますます強まっている。どうして同じような体験をしても人によって受け止めかたが違うのか?どうして「普通」という言葉を何の疑問もなく発することができるのか?「自己コントロールをして”社会”に適応しよう」。それって「健康のためなら死んでもいい」というジョークと同じ臭いがするんだけど?

 そういった疑問を持たずに済む人生を送れなかった「欠陥品」はどう生きればいいんですかね?どのように「生きることを”社会”にお許しいただければ」いいんでしょうかね?

 これを「卑屈な考え」とされているうちはまだマシだけど、今はどうなっているのだろう。

 そんなこんなで、22年前には興味もなかった分野のお勉強をちょっとずつしている。「お勉強だけはできるバカ」ってフレーズがあるけど、お勉強すらできない人間はお勉強します。

ホーム > 周年

Search in chanbara CLOCK
Blogparts

킹ēǂ݂

uO^CY

Feeds
Blogroll

Return to page top